(完結)【感想】嫌われる勇気(第五夜)

読書感想

第五夜は最後だけあって、
とにかくボリュームがあります。

読んだことない人も
読んだことある人も

第五夜だけでも
何回も読んでほしいです!

ここの章の考え方を理解するだけでも
人生が大きく変わると言っても過言ではない!
それくらい内容が濃く、面白かったです。

最後は、印象的なフレーズ、
概念についてまとめてみました。

やはり共同体感覚を目指すことが重要

いままでの話をまとめると、
自分はここにいてもいいんだ、という
共同体感覚を持つことがとにかく重要。

そのために必要になるのが、
「自己受容」、「他者信頼」、「他者貢献」
の3つの考え方です。

それぞれの関係は以下のように循環関係(サイクル)になっています。

自己受容

「自己受容」とは、今のありのままの
自分を受け入れいるというもの。

「自己受容」に似た言葉に
「自己肯定」というのがあります。 

「自己肯定」とは、
仮に何かできなくても、自分はこんなもんじゃない!
ほんとは能力があるんだ!
まだ本気出してないだけ!
大丈夫!という
ある意味、自分にウソをつく生き方とも言えます。 

「自己受容」はそうではなく、
仮にできなかったときに、

「できない自分」をありのままに受け入れて
できるようになるにはどうすればいいか考え
前に進んでというものです。

これは自らにウソをつくものではありません。

これは「肯定的なあきらめ」だとも言えます。

「変えられるもの」「変えられないもの」
を見極め、「変えられるもの」をどう変えていくか?

これは自分次第です。

この考えは、『7つの習慣』でいう影響の輪関心の輪の考えと同じだと思います。

どうしようもできないことに悩んで時間を使っても、
ただ無駄に時間を浪費しているだけ。

この「変えられるもの」「変えられないもの」
課題の分離をすることで
複雑だった事象(悩み)を解きほぐし、
シンプルな問いにする。

そのことで、問いに対する答えも
シンプルになってくるのだと思います。 

他者信頼

「信頼」とは他者を信じるのに
一切の条件を付けないことです。

裏切られても
被害を被っても
信じ続ける態度を「信頼」と呼びます。

一回裏切られても
次も裏切るとは限らない。
それは、私には関係ない。

私は「自分がどうするか?」をただ考えればよく、
相手が裏切るのか裏切らないのかは、
それは他者の課題。

裏切るかもしれないから信じない。
裏切らないと思うから信じる。
というのは、

「相手が裏切らないのなら、私は信じます。」
という担保や条件に基づく
信用の関係になってしまっています。

信頼していると裏切られることはあるでしょう。

裏切られたときの
痛みを受け入れる勇気も必要になってきます。

裏切られた時に、自分の行動を振り返ってみて
問題ないのなら、あとは相手の課題。

と切り替えることができれば
受けるダメージも少なくなると思います。

信頼していた人を、ひょんなことから疑いだしたら
すべての行動が怪しく思えてくる。

という経験は一度はあるのではないでしょうか?

他人を信頼できれば
無用な心配、悩みは減りますよね。 

他者貢献

「自己受容」という、今のありのままの
自分を受け入れることができ、

「他者信頼」という、相手を無条件で
信頼できる状態になれば、
他者を仲間とみることができる。

そんな空間にいたら、
自分はここにいてもいいんだ。と思えるでしょう。 

部活やサークル、趣味のグループ、会社などで
『なんか居心地がいいな~』
と思う空間はありますか?

そんな『居心地がいいな~』と思える空間こそ、
「自己受容」と「他者信頼」が出来ている
空間だといえます。

そんな空間では、自然と
仲間のために何かしてあげたくなりませんか?

これは自己犠牲的に何かをするのではなく、
仲間の役に立ちたい!
と思って行動している。

それこそが「他者貢献」です。

この「他者貢献」をすることで、
自分はここにいてもいいんだ、と思えて
「自己受容」につながる。

こういったサイクルを回していく中で
より一層、共同体感覚を強化していく。 

自分が相手に「何かしてあげた」
というのは相手に感謝を求めている。

相手から感謝(見返り)を求めて行動すると
相手から思ったような反応(感謝)が得られなかったとき
なんで感謝しないんだ!と怒る人もいれば
私がやったことは意味がなかったのか?
人の役に立ててないのか?
と思うかもしれません。

しかし、
感謝(見返り)など求めず
『自分の行動は人の役に立っている』と
自分自身で思えればそんなことにはなりませんよね。 

幸福とは?

幸せとは何でしょう?

暖かい布団で寝ることができる。
毎日おいしいご飯が食べれる。
健康でいられる。
年収2000万円ある。
家庭を持つ。

人それぞれ考えることは違うと思います。

アドラーは「幸せとは?」
という問いに対する答えは
きわめてシンプルです。

すなわち、

「わたしは共同体にとって有益である。」
「わたしは誰かの役に立っている。」

という思いだけが、
自らに価値があることを実感させてくれて、
幸せを感じると。 

「幸福とは、貢献感である。」

これは何かをしたという

行為のレベル」だけでなく、
究極、わたしが存在していること自体が貢献だ!
と「存在のレベル」で考えることができれば
それは幸せになります。 

「君は何もしなくてもいい。
そばにいてくれるだけでいいんだ。」

と言われれば、その人は「存在のレベル」で
相手にとって貢献してるといえます。

 九死に一生を得た人も
障害を持ってしまった人も

「生きててくれてよかった」
「生きてるだけでいい」
と親や友人は思いますよね。

これが「存在レベル」での貢献です。 

なぜ人は特別でありたいのか?

人は誰しも「特別」でありたいという
感情を一度は持ったことがあると思います。

「特別」であるために、
勉強を頑張ったり
スポーツを頑張ったり
芸術を頑張ったり
これらのベクトルは「善」に向いています。

ただこの「善」に向かっていけなかった人、
それでも特別でありたいと思う人は、
一転、「悪」に進みます。

つまり非行に走って
特別に悪くあろうとする。

なぜそこまでして「特別」であろうとするのか?

それは「普通であること」を「無能であること」
同義だと思っているからではないか?

「普通であること」を受け入れる
「勇気」を持っていないのではないか? 

「自己受容」の考えをしっかり持っている人は、
ありのままの自分を受け入れているから、
わざわざ自らの優越性(特別)を誇示する必要はない。

ただ個人的には、「特別ではない」人間はいないと思います。

人は誰かの「特別」になっている。

勉強で1番になる。
スポーツで有名になるなど、
自らの力で「特別」を作り上げるか、
共同体感覚の中で、
他人から私の「特別」を見つけてもらうか。

他人から私の「特別」を見つけてもらえる環境が
共同体感覚には存在すると思います。

人生とは連続する刹那である

人生は「線」ではなく「点」の連続である。

アドラー心理学では、
過去のトラウマは存在しない。

過去が原因で未来が出来ているわけではない。

という考えなので、当然このような考えになります。

われわれは「いま、ここ」にしか
生きることができない。 

計画的な人生など、
それが必要か不必要かという以前に、
不可能だ!

人生とは、いまこの瞬間をくるくると
ダンスするように生きる
連続する刹那なのだ! 

ここは本書の中で個人的に好きなフレーズです。

「今」の時点で考えたときに
「過去」の出来事は影響していないと考えれば、
「未来」の時点で
「今」の出来事は影響しないはず。

そう考えれば「今」しか考えることはできない。

ダンスを踊っている「いま、ここ」が充実しており、
踊りをやめたときにここにいたんだ、と気づく。

それが人生なのだと。 

「いま、ここ」を真剣に生きている状態のことを
強烈なスポットライトが当たっている
状態だと考えると

そんな「」に光が強すぎる(エネルギーを注ぐ)人は、
過去」や「未来」なんて見えない(考える暇はない)。 

「いま、ここ」をぼんやりと生きているから
「過去」が見えるような気がして後悔したり
「未来」が見える気がして淡い期待をしてしまう。  

「いま、ここ」を真剣に生きていれば
過去にどんなことがあっても関係ないし、
未来がどうであるかなど
「いま、ここ」で考える問題ではない。 

人生最大の嘘

人生は「線」ではなく「点」である。
ということは、人生はその都度完結している

20歳で終わった生も
90歳で終わった生も
いずれも完結された生であり、
幸福なる生だと考える。

90歳まで生きたから幸せだった、
20歳までしか生きていないから
不幸だったというのは
周りが思うことで、本人がどう思ったかは別の話。

90歳まで生きたが、
毎日過去を悔やんで生きてきた、
今を真剣に生きず、未来に期待するばかり、
他人を仲間と思えず心を開けない
そんな状態が幸せだったといえるのか?

人生における最大の嘘、それは
「いま、ここ」を生きないこと。 

人が何か行動をするときに足りないのは
能力ではなく
勇気である。

本書ではたびたび「勇気」という言葉がでてきます。

自由」であるためには自分で行ったことに
責任を持つという「勇気」が必要。

周りからどう思われてもいいと思う「勇気
裏切られた時に痛みを受け入れる「勇気
選択をする「勇気

とにかく、人生を豊かに生きるためには
勇気」を持つこと。

そのことを意識して明日から過ごしてみると
新しい日常が待っているのかもしれません。

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